彼女に嫉妬してしまい、そんな自分が嫌になることがあります。
僕の場合、彼女が夜の仕事でほかの男性と接する姿を想像すると、不安になりました。お店の日記を見たときも、「いつか心まで離れてしまうのではないか」と怖くなりました。一方、疲れた彼女から「癒してほしい」「会いたい」と頼られると、素直に嬉しくなりました。
気持ちを掘り下げると、嫉妬の奥に一つの願いがありました。「彼女にとって特別でいたい」という願いです。さらに、支えたいのは本当に彼女のためなのかと迷いました。頼られることで、自分の存在価値を感じたいだけかもしれません。
この記事では、彼女への嫉妬で自己嫌悪になった僕の本音を書きます。尊敬と苦しさが同時にある理由、支えたい気持ちに混ざる愛情とエゴを考えました。
※この記事は、夜の仕事をする恋人と交際した筆者の体験をもとにしています。プライバシーに配慮し、仕事内容や会話の一部を抽象化しています。意味は変えていません。働き方や恋愛への考え方には個人差があります。
彼女に嫉妬してしまい、そんな自分が嫌になった
彼女のことは好きです。大切にしたいし、仕事や生き方を否定したいわけでもありません。
それなのに、仕事でほかの男性と関わっていると考えるだけで苦しくなる。頭では「仕事と恋愛は別」と考えようとしても、心は簡単に納得してくれませんでした。
ほかの男性と接する彼女を想像すると苦しい
彼女の仕事には、その性質上、ほかの男性と近い距離で接する場面があります。
彼女にとっては生活のための仕事であり、お客さんへの対応も仕事の一部です。それを理解しようとしていても、恋人として何も感じずにいることはできませんでした。
自分の知らない時間に、知らない男性と関わっている。その事実を考え始めると、見えていない部分を想像で埋めてしまいます。
彼女の仕事を下に見ているから苦しいのではありません。むしろ、心も体も疲れる仕事だと感じています。どれだけ気を使い、頑張っているかも分かります。
彼女の仕事を尊重したい気持ちと、恋人としてのつらさは、僕の中で同時にありました。
お店の日記を見ては落ち込んでしまう
見ればつらくなると分かっているのに、僕は彼女のお店の日記を見てしまうことがありました。
お客さんへ向けた親しげな文章を読むと、比べてしまいます。「僕に向けてくれる言葉と何が違うのだろう」と考えるのです。
彼女は「日記は仕事のために書いている」と説明してくれました。そこに恋愛感情があるわけではない、とも話してくれました。僕を気遣って、安心させようとしてくれたのだと思います。
それでも傷つくのは、日記が本音か営業かを疑っているからだけではありません。ほかの男性に向けた言葉を見ると、二人の違いが分からなくなります。僕への優しさまで、特別ではないように感じました。

対応が難しいお客さんの話に安心する自分が嫌だった
彼女から、対応が難しいお客さんの話を聞くこともあります。仕事で嫌な思いをした話もありました。
彼女を大切に思うなら、「そんなお客さんには来てほしくない」と考えるはずです。
ところが僕は、その話を聞いて少し安心してしまうことがありました。「その人へ彼女の心が向くことはない」と思えたからです。
彼女には嫌な思いをしてほしくない。それなのに、嫌な出来事を聞いて安心する自分もいる。僕は、本当は自分が安心したいだけなのかもしれません。彼女を思うふりをした偽善者ではないか、と考えました。

彼女には傷ついてほしくない。でも、自分の特別な場所も失いたくなかった。
振り返ると、僕の中には二つの気持ちがありました。彼女の幸せを願う気持ちと、自分の立場を守りたい気持ちです。
安心してしまった感情を正しいことにはできません。ただ、感情が浮かんだだけで自分を責めても、答えは出ません。なぜそう思ったのかは、分からないままです。
嫉妬を感じたら、まずその感情に気づくことが大切です。江戸川区男女共同参画情報誌「COLORFUL「嫉妬を感じたときにはどうすればいいの?」」にも、その考え方が紹介されています。何に嫉妬しているかを考え、束縛せずに不安を伝える方法です。
嫉妬していたのは、目の前の誰かより失うかもしれない未来だった
仕事への抵抗感とは別の怖さもありました。「この関係が、いつか終わるかもしれない」という想像です。
彼女にとって特別でいたい、という願いがありました。それが、知らない相手への警戒や日記へのこだわりに表れていました。
会ったこともない相手と比べても、安心にはたどり着けない
お客さんのなかには、僕より外見がよい人もいるでしょう。会話が上手な人や、優しい人もいるかもしれません。
実際には何も知らないのに、想像のなかでは相手をいくらでも魅力的にできます。欠点のない誰かと比べるほど、自分だけが足りない人間に見えてきました。
二人で過ごした時間は、外見や会話の上手さでは比べられません。弱い部分を見せ合った経験も、二人だけのものです。僕が不安なときに見失っていたのは、その違いでした。
欲しかったのは、日記の真偽より二人の関係への安心だった
日記の言葉が仕事のためでも、僕の痛みは消えません。
ただ、「あの文章は本音なのか」と問い続けても、次の投稿を見ればまた不安になります。僕が求めていたのは、文章が本音かどうかの判定ではありません。二人の関係は簡単になくならない、と思える安心でした。
その安心は、日記を詳しく調べても得られません。二人で過ごす時間や話し合いのなかで、少しずつ育てるものだと思います。

日記を見てしまうときの対処は、次の記事で紹介しています。夜職の彼女への嫉妬がつらい|不安を減らす7つの対処法と境界線では、嫉妬の伝え方もまとめました。
「癒して」と頼ってくれたことが嬉しかった
彼女が夜の仕事を再開して、何日かたったころのことです。
仕事で疲れた彼女から、「癒してほしい」「会いたい」と連絡が来ました。僕は、すぐにでも会って、できる限り甘やかしてあげたいと思いました。

弱ったときに本音を見せてくれた
僕には、彼女は普段から周りへ気を使い、簡単には人に頼らないように見えていました。だから、疲れを隠さず僕に見せてくれたことが心に残りました。
その日は、これまで二人で過ごしてきた時間や思い出について話し、笑い合いました。彼女と過ごす時間が好きで、この人と一緒に生きていきたいと改めて思いました。
仕事を離れた彼女が、弱音を話してくれました。その時間に、日記には映らない二人の関係を実感できました。
「褒めてほしい」に伝えたかったこと
別の日に、彼女から「褒めてほしい」と言われたこともあります。仕事には充実感がある一方、気持ちが落ちる日もあるそうです。閉ざされた空間で気を使い続けるから、と話していました。
彼女は、自分の仕事を低く言うこともありました。僕の仕事のほうが立派だ、と口にしたこともあります。けれど僕は、彼女に自分を下げてほしくありませんでした。
地元を離れ、一人で生活しながら、つらいことがあっても働こうとしている。その姿を尊敬していると伝えたかったからです。
同時に、彼女が僕の前で力を抜いてくれることが、僕自身の安心にもなっていました。彼女を元気にしたい。必要とされると嬉しい。その二つは、切り離せない気持ちでした。
会えない時間の不安は、次の記事でも扱っています。恋人の仕事で寂しさを感じた時|会えない時の7つの対処法では、寂しさの受け止め方をまとめました。
彼女を尊敬しているのに嫉妬するのは矛盾なのか
彼女の仕事に嫉妬するたび、別の不安も浮かびました。「本当は彼女を見下しているのではないか」という不安です。
けれど、僕のなかでは、彼女への尊敬と恋人としての苦しさは別の感情でした。
人としては尊敬している。でも恋人としては苦しい
人としては尊敬している。でも、恋人としては苦しい。
この二つは、どちらかを選ばなければならないものではないと思います。
彼女が自分の力で生活しようとしている姿を尊敬している。心が疲れる日もあるなかで働こうとしていることを、すごいと思っている。
同時に、恋人がほかの男性と近い距離で接することはつらい。できるなら、続けてほしくないと思う日もある。
両方を書かなければ、僕の本音にはならないと感じています。
否定しないことと、平気なふりをすることは違う
彼女に悲しい思いをさせたくなくて、僕は仕事を否定しないようにしてきました。それでも、できるなら続けてほしくないと思う日はあります。
本音まで消して、理解のある恋人を演じる。それを続ければ、我慢がいつか彼女への不満に変わります。
彼女の選択を僕が決めないこと。一方で、僕の苦しさもなかったことにしないこと。その両方が必要だと思いました。
どんな仕事をしているかだけで、その人の価値が決まるわけではありません。僕が尊敬しているのは仕事の種類ではなく、彼女が自分の人生を生きようとしている姿です。
同時に、仕事の内容が恋人である僕の心へ影響することも事実です。彼女の価値を否定しなくても、自分のつらさは認められます。この二つは両立すると考えています。
優しくしたい気持ちには、罪悪感と自己満足も混ざっていた
僕は、彼女と会っているときくらいは、できる限り甘やかしてあげたいと思っています。
疲れているなら休ませたい。褒めてほしいなら、頑張っているところを伝えたい。自分を低く言うなら、僕が尊敬していることを何度でも話したい。
でも、それは本当に彼女のためだけなのでしょうか。
甘やかすことで、自分も安心したかった
嫌なお客さんの話に安心した自分を、後ろめたく感じていました。彼女の仕事をつらいと思うことにも、罪悪感がありました。その埋め合わせとして、優しくしたかったのかもしれません。
優しくすれば、「嫉妬する自分は悪くない」と思えます。そんな安心を求めた部分も否定できません。
さらに、彼女を甘やかして元気にしたいと思いました。そこに、自分だけの役割を求めていたのだと思います。
そう考えると、僕の優しさは完全な無償ではありません。けれど、自分のための気持ちが混ざっていても構いません。彼女を大切に思う気持ちまで、偽物になるわけではありません。
優しさを「請求書」にしない
問題は、自分のための気持ちが混ざることではありません。その気持ちを、相手への「請求書」に変えることです。
「これだけ支えたから、一番にしてほしい」。さらに、「我慢したから、仕事をやめてほしい」と求める。そうなれば、優しさは取引に近づきます。
彼女に何かをしたいときは、目的を考える必要があります。彼女が望んでいるからか。それとも、自分の不安を消したいからか。
実際には、どちらか一方だけではないことも多いです。それでも、期待している見返りには気づけます。応えてもらえないときに、彼女を責めずに済みます。
誰かに勝つより、二人の関係を見る
僕は最初、彼女から選ばれ続けたいと思いました。そのために、「ほかの人にはできないことをしよう」と考えました。
疲れたときに受け止める。たくさん褒める。仕事以外の彼女を見る。それ自体は、二人の関係を大切にする行動だと思います。
しかし、「ほかの男性より優れなければ」と考えると、終わりのない競争になります。お金を使い、いつでも駆けつける。自分の予定まで後回しにしても、次の不安はなくなりません。
恋人として大切なのは、誰かより優れていることではありません。二人のあいだに、何を積み重ねてきたかだと思います。
- 弱っているときに、無理をせず本音を話せる
- 仕事中の姿だけでなく、仕事を離れた相手のことも知っている
- 楽しい時間だけでなく、苦しかった時間も一緒に越えてきた
- どちらか一方だけが支えるのではなく、お互いに弱さを見せられる
- 愛情を証明し続けなくても、二人の関係について話し合える
こうした関係は、お金や外見で誰かに勝つこととは違います。二人が一緒に過ごすなかでしか育たないものです。
「支える」と言う時点で、恋人として対等ではないのか
以前、「支えると言っている時点で、二人は対等ではない」と言われたことがあります。
その言葉は、ずっと心に残っています。
僕が彼女を、壊れそうでかわいそうな人として見ているから、「支えてあげたい」という発想になるのではないか。自分のほうが正しい人生を歩んでいると、心のどこかで思っているのではないか。
そう考えると、自分の優しさまで信じられなくなりました。
「僕がいなければだめ」は支えではなくなる
「自分がいなければ、この人は生きていけない」。そう思えば、必要とされている実感を得られます。
必要とされるために、彼女を弱い人のままにする。それは、支えとは言えません。
彼女には、自分で考え、自分で選び、自分の人生を生きる力があります。仕事を続けるかどうかは、彼女が選びます。これからの生き方を選ぶのも、彼女です。
僕が彼女の代わりに、人生を決めることはできません。頼りたいと思ったときに、手を差し出すことはできます。
彼女を救うことと、彼女の力になることは違う
「救う」という言葉には、救う側と救われる側が固定されやすいところがあります。
一方で、「力になる」なら、彼女が自分で進むことを前提にできます。僕が前から引っ張るのではなく、必要なときに隣へ立つイメージです。
褒めることも、正しい考えを教えるためではありません。僕から見えている頑張りを伝え、彼女が自分をどう考えるかは彼女に委ねる。
その距離を忘れないことが、相手への尊重につながります。彼女を、一人の対等な人として見るためです。
支えが完全に半分ずつでなくても、対等ではいられる
恋人同士でも、いつも同じ量だけ支え合えるわけではありません。
片方が疲れているときは、もう片方が多く支えることもあります。別の日には立場が逆になることもあります。
対等さは、負担が毎回正確に半分になることではありません。どちらの気持ちも、同じように大切に扱われることだと思います。
支えるという言葉そのものより、その関係の中身を確認することが大切だと思います。
- 支えた見返りとして、愛情や退職を求めていないか
- 彼女には自分で選ぶ力があると信じられているか
- 自分のつらさや限界も、彼女に話せているか
- 自分も彼女からの優しさや支えを受け取れているか
- どちらか一方が、いつも弱い人として固定されていないか
対等な関係については、内閣府男女共同参画局の「安心できる関係づくり」も参考になります。意見が違っても、互いの考えを伝えられること。自分と相手、それぞれの時間を大切にすること。二人が上下関係になっていないことも、安心できる関係の例です。

きれいに割り切れない気持ちも、僕の本音だった
彼女を大切に思うなら、嫉妬せず、見返りも求めず、彼女の幸せだけを考えるべきだと思っていました。
けれど、恋愛には相手の幸せを願う気持ちだけでなく、自分も一緒に幸せになりたいという願いがあります。
愛情にエゴが混ざることを認める
好きでいてほしい。必要とされたい。優しくしたら、喜んでほしい。僕の心には、相手のためだけとは言い切れない願いもあります。
それを、すべて醜いものとして隠す必要はありません。自分が関係に何を求めているかを知る。そうすれば、無意識に見返りを求めずに済みます。
自分の満足が混ざっていても構いません。彼女に笑ってほしいという願いまで、嘘にはなりません。
嫉妬を隠すでも、彼女へぶつけるでもなく
嫉妬があることと、嫉妬を理由に相手を動かすことは別です。
苦しい気持ちを伝えることはできます。しかし、「僕が苦しいから、仕事をやめるべきだ」とは言えません。「好きなら安心させるべきだ」と結論を押しつければ、彼女の選択を奪います。
反対に、平気なふりを続けるのも苦しい方法です。限界になってから感情をぶつけても、二人を傷つけます。
「仕事を否定したいわけではない」と、最初に伝えます。そのうえで、「想像して苦しくなることがある」と話します。「責めたいのではなく、不安を知ってほしい」と、自分の感情として伝えます。
彼女を変えるために、伝えるのではありません。僕のことも知ってもらい、無理なく続けられる形を考えるためです。それが、嫉妬を隠すこととぶつけることの間にある方法だと思います。
最後に問いたいのは、彼女を尊重しながら自分も守れるか
彼女に嫉妬してしまう気持ちは、簡単には消えないと思います。
嫉妬を消そうとすると、新しい自己嫌悪が生まれます。「まだ嫉妬する自分は理解がない」「恋人失格だ」と感じるからです。
嫉妬があるかどうかではなく、その感情をどう扱うかを自分の基準にしたいと思います。
彼女の仕事だけで、人としての価値を決めていないか
僕が自分に問い続けたいのは、彼女を尊敬できるかです。苦しいときにも、一人の人として見られるかを考えます。
仕事だけを見て人格まで否定していないか。自分の苦しさを正しさに変えて、彼女の生き方を決めようとしていないか。
同時に、自分の心が受けた負担も考える必要があります。彼女を尊敬するあまり、小さく扱っていないかを振り返ります。
彼女を尊敬することと、自分を犠牲にすることは同じではありません。
自分の苦しさも、同じように大切にする
相手の生き方を尊重しても、自分が壊れては続きません。二人の関係を守るには、自分の心も大切です。
自分には何がつらいのか。どこまでなら受け止められるのか。彼女に何を変えてほしいのではなく、自分はどんな関係なら続けられるのか。
その問いにも、正直でいたいと思います。
それでも、彼女の生き方を尊敬できない場合もあります。苦しさで生活が壊れたり、彼女を責め続けたりするなら、離れる選択も必要です。
関係を続けることだけが、正解ではありません。離れる選択も含めて考えることが、二人を対等な人として見ることにつながります。
不安やイライラ、眠れない状態が続く場合もあります。そんなときは、恋愛の答えを急ぐ前に心身を休ませてください。厚生労働省「こころの耳」の「ストレスへの気づき」も参考になります。心や体に表れるサインと、早めに相談・対処する大切さが紹介されています。
二人の将来を考えるときは、次の記事も参考にしてください。夜職の彼女との将来を考える|収入・家族・結婚へのリアルな悩みでは、仕事、生活、家族や結婚の判断材料を整理しています。
まとめ|嫉妬をなくすより、扱い方を考えたい
僕の中には、彼女を尊敬する気持ちと、恋人としての苦しさが同時にあります。
疲れたときに頼ってくれたことは嬉しかった。一方、日記を見て落ち込むこともありました。嫌なお客さんの話に安心した自分を、責めたこともあります。
矛盾する感情が同居していても、どれか一つが嘘だとは限りません。大切なのは、不安を見返りや命令に変えないことです。彼女の選択も、自分の限界も軽く扱わないことです。
嫉妬する自分を、責めるだけで終わらせない。何が怖く、二人の関係に何を求めているかを言葉にする。僕はそこから、嫉妬との付き合い方を考えていきたいと思います。

